Withコロナ時代の観光戦略 〜小笠原諸島の事例に学ぶ日本の観光業とインバウンドの課題〜

こんにちは、夏野葉月@natunohazukiです。
9月9日に「インバウンド観光ガイドラインプロジェクト」のオンラインミーティングに参加させていただきました。
その後、ミーティングを主催された株式会社MATCHA青木優さんから「話された内容が面白かったので記事にしてシェアしていただけないか」というリクエストをいただいたので、書ける範囲で書いてみたいと思います。

0:私についての自己紹介

この記事を読む方には私のことを全く知らない方もいると思いますので、自己紹介をさせてください。
私の名前は夏野葉月と言います。小笠原諸島に住む写真家です。
旅行がとても好きで、特に異文化圏の方と交流することが大好きです。
16歳のとき、初めての海外旅行でウクライナに旅したことをきっかけにして、過去20か国ほど旅行しました。
訪日外国人旅行客への情報提供に興味があって、多言語訪日旅行情報サイト「MATCHA」でライターをさせていただいた経験があります。
2013年から2014年にかけて小笠原諸島に移住し、その後鎌倉に移住した後、2019年から小笠原諸島に再移住しました。
現在は小笠原村父島に在住し、小笠原諸島の歴史を取材しています。
将来小中学生向けの小笠原諸島の歴史についての本を出版したいと考えており、興味を持ってくださる出版社を絶賛募集中です。
さらに詳しい自己紹介はこちらに書いてあります。

1:小笠原諸島における観光産業の現状

新型コロナの影響により、日本を含む世界各地の旅行や移動が制限されるようになりました。
必然的に訪日旅行客は減り、観光業界は大ダメージを受けています。
では小笠原における観光業はどのような状況でしょうか。
世界自然遺産と言われる小笠原諸島は東京にある離島です。
30以上の離島がありますが、そのうち有人島は父島、母島、硫黄島の3つで、民間人が住むのは父島と母島だけです。
硫黄島には海上自衛隊基地があり、自衛隊の隊員と基地を維持するためにごく少数の民間企業の従業員が住んでいます。
島の人口は父島と母島を合わせて約2600人です。
小笠原村への旅行者数は平成30年度はおがさわら丸利用客が22086人、クルーズ船利用客5782人と1年間の合計27668人です。
つまり小笠原村の人口の10倍以上の観光客が島に訪れています。
そのため、観光産業は島の産業の中でも大きなウェイトを占め、年間売上規模は約20億円とも言われています。
小笠原における産業は漁業、農業、観光業、土木業が主な産業です。
また国境の島という土地柄、国・東京都・小笠原村のそれぞれの官庁があり、公務員が非常に多く住みます。
産業構造の中でも観光業は大きな存在でもあり、島民の中には観光業で働く人が多くいます。
自然環境の中でガイドする海や森のガイド業、民宿やホテルなど宿泊業、ダイビングやホエールウォッチングなどのアクティビティ、飲食店やお土産物店など、島の事業者は何らかの形で観光業に関わります。
また宿泊施設に食品を卸すスーパーや配送業者も含めれば、島で観光業に関わらない事業者はないと言っても過言ではありません。

小笠原諸島父島近海にある南島の扇池。

2:新型コロナ発生後の小笠原の観光事情と感染対策

小笠原では緊急事態宣言が発令より以前の4月6日から島外の旅行客や来島者への来島自粛要請、島民への上京自粛要請が出されました。
この来島自粛要請は6月末まで続きました。
その間、1週間に1便運行される定期船おがさわら丸の乗客は多くても40人前後とほぼ人の往来がない期間が約3ヶ月続きました。
7月に入り来島自粛要請は解除され、徐々にではありますが観光客の受け入れを始めました。
おがさわら丸は定員は800名で、通常は週1便運行されます。
夏や年始年末の繁忙期は週2便になり、最大週1600人の来島者が小笠原にやってきます。
小笠原村ではおがさわら丸を運行する小笠原海運株式会社や関係機関と協議し、おがさわら丸の定員を削減して運行を再開させました。
現在運行する3代目おがさわら丸は構造上共有スペースが多いためです。
シャワーやトイレが独立してある個室席は数が少なく、24時間という長旅を多くの旅行客は食堂や廊下も含めて空間を共有して旅します。
そのため、小笠原海運は2等和室など共有スペースが多い部分の座席を減らし、寝台席もなるべく隣り合わせを避けるなど空間を密にならないように感染対策を徹底しました。
そうした対策の関係で、7月からのおがさわら丸は800名定員の船に対し乗客の上限を400名ほどまで下げて運行を再開しました。
毎年8月のお盆前後は週1600名来ていた来島者が、2020年の8月は週400名しか来島できないことになります。
必然的におがさわら丸のチケットは売り切れが発生しました。
同時に島で来島者を受け入れる宿泊業も受け入れられる人数が減るため、多数の事業者が収入源に悩むことになりました。
そのため、小笠原村は独自の給付金制度を設け、収入の下がった事業者に給付金を支給する政策を2020年4月から9月まで実施しています。
また島の企業には、国の補助金制度を利用して島に雇用を生み出す取り組みを設ける事業者も生まれました。
また8月からはおがさわら丸乗船客を対象に、PCR検査が行われることが決定しました。
8月の開始時は乗船直前に検査を受けて乗船中に検査結果を受け取る方式でしたが、9月1日からは乗船前日に検体を提出しおがさわら丸乗船前に結果を受け取る方式に変わりました。
この検査は強制ではありませんが、診療所はあるが入院できる病院のない小笠原村の医療従事者の負担を減らし、島民の不安を軽減する効果がありました。
こうした一連の取り組みを元に、行政や民間事業者や島民が一丸となってコロナ対策を行っているのが島の現状です。

小笠原諸島二見湾を出港するおがさわら丸。毎年3月は小笠原高校の学生が卒業生を応援団旗で見送る。

3:小笠原諸島におけるコロナ以前以後のインバウンド事情

それでは小笠原諸島におけるインバウンド観光はどのような現状だったのでしょうか。
実は小笠原村はインバウンド観光対策に積極的な自治体ではありませんでした。
観光庁などには世界自然遺産としての小笠原を海外にアピールしたいという動きもあったようです。
ですが、小笠原村自体はインバウンド対策の取り組みを積極的には行ってきませんでした。
また小笠原の観光産業における旅行客における外国人旅行客の割合は決して多いものではありませんでした。
それは小笠原が東京から1000キロ離れた船で24時間かかる離島であること、世界自然遺産という特殊な自然環境にあり、オーバーツーリズムが発生した場合の島民や自然環境への悪影響が大きいことなど特殊事情が絡みます。
また医療体制が内地に比べて脆弱であること、受け入れる観光業者に小規模事業者が多く、多言語対応対策が難しいことなど小笠原ならではの様々な事情もあります。
例えば小笠原にはドルフィンスイムやダイビングなどマリンアクティビティが盛んです。
こうしたサービスを提供するガイド業もありますが、こうしたマリンスポーツは危険を伴います。
その一方で島に英語など日本語以外でガイドできる事業者はほとんどいません。
危険を伴うアクティビティがあり、通訳できるガイド事業者がほとんどなく、万が一事故があったときに入院できる医療機関が島にはありません。
もし、小笠原で怪我や急病が発生した場合は患者を海上自衛隊のヘリで硫黄島で内地搬送する必要があります。
こうした事業が重なり、小笠原ではインバウンド事業に力を入れることで起きうる様々な問題が懸念されたため、積極的なメディア展開をしてこなかった経緯があります。
ただ他の観光地ほど積極的なメディア展開や露出はしていなかったとはいえ、近年は欧米やアジアからの観光客が徐々に増加していました。
ふと道ですれ違った旅行客が中国語や韓国語を話すなど、以前はなかった変化も父島で生まれていました。
このような状況下での新型コロナによるパンデミックが起き、小笠原にはいまほとんどの外国人旅行客は来島していないのが現状です。

小笠原諸島父島近海ではドルフィンスイムが一年中楽しめる。

4:小笠原諸島の観光産業の課題とワーケーションへの議論

こうした国内および海外の旅行客への対応の変化に激動しているのは、小笠原も他地域も変わらないと思います。
その一方で離島の中でも特異な立地にある小笠原は言語や医療体制というハードルがある以上、今後もインバウンドに積極的政策をとることはないと思われます。
ですが、この島で観光産業が占める経済的割合を考えると何らかの観光戦略を考える必要があります。
この島の事業者の中で議論されているのが「ワーケーション」への取り組みです。
小笠原は週1便のおがさわら丸しか交通手段がなく、乗船時間も24時間と長時間に及びます。
そのため1週間以上の休暇を取得できなければ小笠原に旅行に来ることはできませんでした。
こうした特殊な事情が小笠原旅行の魅力でもあり、そして立地的なハンデでもありました。
いま島の観光業も含む事業者や村の村議会でもワーケーションの対策が話題に上がっています。
島の宿泊業は民宿など個人事業者が多く、ワーケーションを積極化するためには観光事業者間の意見調整をする必要があります。
2週間以上の長期滞在は宿泊事業者にとって収入の増えるメリットもありますが、個人の運営する民宿にとっては旅行客が連泊し続けることにもなり、負担が増えるという意見もあるからです。
またワーケーションを誘致するためのコワーキングスペースの設置や無線WIFIの拡充などハードやインフラの整備が整っていないため、こうした議論が今後必要になるとの意見もあります。
国内旅行客および訪日外国客を受け入れつつ、離島ならではの医療やインフラを維持し、島民のクオリティオブライフと両立させていくことは、これからの小笠原諸島の観光業を含めた産業の課題となると思います。

父島の宿泊施設にはこんな素敵な屋上デッキがあるところも。ここでワーケーションできたら..最高!

5:まとめ 〜Withコロナ時代における新しい観光戦略を目指そう〜

私の意見ですが、仮にワクチンや特効薬が開発され新型コロナからの経済的ダメージが回復できても国境間の移動や旅行は通常には戻らないと思います。
その要因は「移動コストの高騰」「旅行中に感染した場合の医療問題」の2つです。
まず今後LCCなど格安路線の航空会社の経営が破綻し、飛行機チケットの高騰が予想されます。
今後はエコノミークラスの料金がコロナ以前のファーストクラスの料金に近くなるでしょう。
1ドル360円の時代のように、海外旅行が特別な非日常体験に戻ることが予想されます。
また旅行中の感染リスクをゼロにすることは難しいため、海外旅行に気軽にいくという習慣が消えることが予想されます。
つまり、多人数の旅行客が安い予算で何回も旅行するという「量」の旅行の需要が変質します。

その一方で、潜在的旅行客の旅行に対する需要は減りません。
むしろしたくてもできないということから「旅行に行きたい」という願望が増すことと思われます。
旅行客の移動コストが上がり、旅行客数や個人の旅行回数が減る時代が来ます。
これは一見すると観光業の売り上げ危機のように思われます。
ですが、私はこれは危機ではなくチャンスだと思います。
移動コストの上昇や感染リスクを考えると、日本への3000万人のインバウンド観光客が戻ることはないでしょう。
であれば、この機会に旅行業界はその根本の発想を「量」から「質」への方針転換をするべきです。

例えば1回の旅行で3泊する旅行客が3000万人いる時代が戻らないことは明白です。
であれば、1回の旅行の満足度を深め、滞在日数を長くする戦略に切り替える。
3泊する3000万人の旅行客と、10泊する900万人の旅行客は売り上げ規模では一緒です。

例えば、小笠原に旅行する人はおがさわら丸の1番安い船のチケットが片道2万5千円のため、1航海に最低5万円の移動コストを必要とします。
また最短1週間の旅行期間が必要なため、そのための飲食や宿泊費用も必要になります。
そのため、1回の旅行で最低でも10万円の予算が必要になります。
10万円の予算があればタイや台湾など海外を選ぶ旅行客もいます。
ですが、移動コストや滞在日数の制限があっても「それでも小笠原に旅行したい」というブランディングを採用してきたのが小笠原の観光戦略です。
船が1週間に1便しかなく1回の旅行が最低1週間必要になるという立地のハンデも、絶対に3泊以上の宿泊が必要になることを考えれば、宿泊業にとってはメリットになります。

このように、旅行者の人数や金額の多寡など「量」を目指すのではなく、旅行体験の「質」を深めることで満足感を高め、リピーターを増やす。
それが小笠原諸島が選んできた観光戦略であり、これは他の日本を含めた各地にも選ぶことができる考え方です。
「量」から「質」への転換が求められる時代に、自分たちは何を提供していけるか。
私たちがゼロ地点に立って考え直すことで、新しい時代が生まれていきます。
新型コロナによる変化は不可逆なものです。決して以前の状況に回復しません。
だからこそ、新しい旅行需要が必ず生まれます。
そうした新しい顧客のニーズをいかに汲み取るか。
こうした小笠原諸島の事例が、Withコロナ時代の観光戦略のヒントになることを私は願っています。

小笠原諸島父島二見湾に入港する飛鳥Ⅱ。また旅行が自由にできる時代を願って…。

ABOUTこの記事をかいた人

1976年生まれ。写真家&文筆家。幼少期に虐待を経験後、中学で不登校に。20歳通信制高校へ進学+22歳法政大学へ入学。25歳で躁うつ病を発病後、フリーランスカメラマンに。2010年キヤノン写真新世紀佳作受賞。2013年小笠原諸島移住中にスイスで写真展を開催。2016年鎌倉に移住。2019年小笠原諸島に再移住。