小笠原諸島の樹でオリジナルの太鼓と音楽を作りたい 〜木工作家、木村優さんの夢〜

こんにちは、夏野葉月です。
今日は小笠原諸島の樹を使って太鼓と器を作っている木工作家、木村優さんをご紹介したいと思います。

 

1:自衛隊を経て、ドルフィンセラピーを学び、海の世界へ

木村優さんは1985年に北海道で生まれました。
いまは小笠原諸島父島で働きながら、自分の工房「太鼓と器 KIMURANOKI」を運営し、島の樹で作った太鼓や器をインターネットを使った通販で販売しています。

木村さんは函館の高校を卒業後、2003年に陸上自衛隊に入隊し、北海道の恵庭の基地で働き始めました。
基地では北海道の基地で使う厨房機材の制作や溶接に従事し、土日はサーフィンを楽しむ生活を送っていました。
ですが、自衛隊の規律がストレスになるようになり、時には10円ハゲができてしまうほど悩むようになります。
そんな時、木村さんはパラオで収録されたドルフィンスイムのテレビ番組を見て、ドルフィンセラピーやドルフィンスイムに興味を持たれたそうです。
その後、2007年に東京スポーツレクリエーション専門学校に入学し、マリンスポーツ科ドルフィンセラピーコース第一期生として、海のインストラクターとしての知識を学び始めました。
マリンスポーツ科では動物介在療法の一種であるドルフィンセラピー、ダイビングのダイブマスターの講習、経絡指圧の理論を水中で応用し行うボディーワークWATSUについてなど、海にまつわる様々な授業を受けたそうです。
その後、小笠原諸島父島の観光業者シータックに採用され、24歳の歳に小笠原に来島。
アシスタントスタッフとして約半年間、働きました。
島で働くうちに、当時住んでいたアパートの近くにあるバーで島の方に知り合い、現在の勤め先であるフローラを紹介されます。
24歳の年にフローラでの採用が決まり、除草事業に従事した後、郵便局での配送部門に従事するようになりました。

工房の前で小笠原の樹を使った自作の器を持って笑う木村さん。

工房の前で小笠原の樹を使った自作の器を持って笑う木村さん。

2:アフリカの太鼓「ジャンベ」との出逢い

木村さんは小笠原に来島し、友人との島の生活を満喫していました。
当時から小笠原は音楽活動が非常に盛んな島で、演奏愛好者によるライブが多く行われていました。
木村さんは島のジャンベ奏者、緒環暁二さんの演奏に憧れて、自分でもジャンベを購入し、叩き始めました。
ジャンベは木とヤギ皮で作られています。
小笠原には様々な外来種の樹木が伐採されています。
また野生化した野ヤギも外来種として駆除されています。
こうした伐採された樹や野ヤギたちの命を何らかの形で活かせないか。
そう考えた木村さんは29歳のときに、初めてジャンベを制作します。
そのとき制作に使った道具はチェーンソーと鑿だけ。
非常に大変な作業で、「仕事にしたくないと思った」と木村さんは笑います。

工房には木村さん製作の者も含め、沢山のジャンベが置かれている。

工房には木村さん製作の者も含め、沢山のジャンベが置かれている。

3:ジャンベ作りへの情熱に燃えて

それでもジャンベ作りへの情熱が冷めない木村さんは、アフリカのギニアに学びに行こうと考えます。
ですが、当時のアフリカではエボラ出血熱が流行し、アフリカへの渡航は諦めざるを得ませんでした。
それでもめげない木村さんは、鹿児島の硫黄島にママディ・ケイタさんというジャンベ奏者が作ったジャンベの学校があると知り、鹿児島に行こうと決心します。
鹿児島に着き、硫黄島に渡るためにフェリー乗り場で調べていると近くにジャンベのお店「チアフルマーク」があると知りました。
お店に立ち寄るとあっという間に店主の桑水流真(くわずるまこと)さんと意気投合。
お店に3ヶ月間住み込みで働き、ジャンベの皮貼りの技術を学ばせていただくことができたそうです。
桑水流さんは非常にユニークな人柄で、お店も地元の人に愛されていました。
お店では寝泊まりするベッドを作ったり、仕事の合間にサーフィンを楽しむなど、遊ぶように仕事をする生き方を桑水流さんから学んだと言います。
皮貼り技術の次は木工を身につけたい。
そう、考えた木村さんは埼玉県にあるウッドターニング教室YKWを訪れます。工房を運営する川口康さんから、木工を学びました。
川口さんから「旋盤」という機械で木材を回転させて削る技法を教わりました。
ジャンベを作るためには非常に大きな旋盤機械を購入する必要があり、必要な木材も大きな丸太を削る必要があります。
夢中になって技術を学ぶ木村さんを川口さんも応援されたそうです。
そうした技術をこつこつと身につけた木村さんを小笠原の地元の友人たちも応援し始めます。
様々な人の紹介と協力の元、2017年に父島の北袋沢に木村さんの工房が完成。
以来、フローラでの仕事の合間を縫って、太鼓と器を制作しています。

ジャンベ作りには2〜3日かかる。製作する日は朝から晩まで掘る。

ジャンベ作りには2〜3日かかる。製作する日は朝から晩まで掘る。

3:ジャンベ作りの楽しみは「音の成長」

ジャンベのボディを作る作業は、並大抵ではありません。
2日間から3日間、朝から夜まで木を削り続ける必要があります。
木村さんの太鼓や器は生木を削るところから始まります。
削る手法を「グリーンウッドターニング」と言います。
普通の木工作品は木を製材し、数年、乾燥させてから作るのですが、
木村さんの方法は生木を削り、その後乾かすという方法をとっています。
グリーンウッドターニングの利点は、薄く削ってから乾かす事で、乾燥が早く割れるリスクを抑えてくれます。さらに乾かす過程で歪むので、歪みを予測しつつ、その歪みを生かして作ります。
しかし、木は芯から放射状に割れやすいという特徴もありますので、どの部位を使うか良く考える必要があります。
太鼓は完成してから、乾いていく過程で音が育っていくので、その成長も太鼓を作る醍醐味だそうです。

太鼓制作には大きな旋盤機械が必要。ミスがないように慎重に掘り進める。

太鼓制作には大きな旋盤機械が必要。ミスがないように慎重に掘り進める。

4:これからの夢と島の子どもたちに伝えたいメッセージ

木村さんには夢があります。
それは「小笠原オリジナルの太鼓を作ること」です。
自分が作った太鼓が、小笠原の人に愛されて叩かれるジャンベになってほしい。
そして、島の子どもに叩いてもらう事で小笠原の新しい文化に育ってほしい。
木村さんは太鼓の制作だけでなく、子ども向けに太鼓ワークショップを開催していきたいと夢を語ってくれました。

「最終的な目標は、ジャンベにこだわらずにオリジナルな太鼓を作ることなんです。
 そうして小笠原オリジナルな音楽が生まれたら嬉しい」

そう語る木村さんの眼は、子どものようにキラキラと輝いていました。

様々な職業や体験を通じて、夢を叶えてきた木村さん。
その過程には音楽への愛と情熱、そして周りの人々のつながりと支えがありました。

「趣味と仕事って線引きが難しいです。そこで大事になるのは『覚悟と想い』だと想います。
 好きなことを仕事にするためには、お金のことを学ぶことも大切なことです。
 自分が夢を仕事にしていくことで、『好きなことで生きていけるよ』と島の子どもたちに伝えたい。
 具体的な方法も含めて、新しいことにチャレンジする生き方を伝えたいです」

大きな夢を持ち、その夢を夢想に終わらせず実現していく木村さんはとても生き生きと将来のビジョンを語ってくれました。
もしあなたが木村さんの太鼓や器に興味を持ったら、ぜひ彼の工房のウェブサイト「太鼓と器KIMURANOKI」を覗いてみてください。
彼が全身全霊を込めて作った作品を観ることができます。
木村さん、取材させていいただきありがとうございました。
これからの新作の発表も楽しみにしています。

自作したジャンベを持ち、笑う木村さん。作成した後、木を乾燥させて太鼓は完成する。

自作したジャンベを持ち、笑う木村さん。作成した後、木を乾燥させて太鼓は完成する。

5:関連リンク

太鼓と器 KIMURANOKI
公式通販サイトhttps://kimuranoki.com/
Instagramhttps://www.instagram.com/kimura_noki/
Facebookページhttps://www.facebook.com/Kimuranoki/

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    1976年生まれ。写真家&文筆家。幼少期に虐待を経験後、中学で不登校に。20歳通信制高校へ進学+22歳法政大学へ入学。25歳で躁うつ病を発病後、フリーランスカメラマンに。2010年キヤノン写真新世紀佳作受賞。2013年小笠原諸島移住中にスイスで写真展を開催。2016年鎌倉に移住。2019年小笠原諸島に再移住。